t『自分の歌を歌おう』 |
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<さいごに> |
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お | |
私の方法が、方法として捉えられるものなら、理想と現実を必ずしもうまくつなげるものでないということは、知っています。そして、万人に正しい方法など決して表われない、それは永遠に続く課題であることも、わかってきました。 だから私は、既存のテキストでレッスンしたこともありません。凡なるゆえに己を過信せず、他のトレーナーもおいています。彼らにも研究生にも、私のやり方を押しつけたことは、一度もありません。 いつも私は、現実にそこに出てくる声や歌を聞き、さまざまなアプローチや方法を試し、くり返してきました。毎月本一冊分ほどの会報、HPに、その一部しか載せられないほど、創造し続けています。常に疑い、やり方を変えています。そのクリエイティブな姿勢こそ、第一に伝えたいことです。 それでも、全くもって充分ではない。だから、いつも迷っています。その情けなさが、さらなる表現になっていきます。 最大の問題は、多くの人の、やってもいないのに効果のみ求め、少しのことでがまんできず、さぼったりやめたりする頭を、その考え方や判断、その行動を正すことです。きっと、一万人に一人のこの本を本当に生かせる人は、この本は、すでにバイブルであって、必要ないし、備忘録のような役割となるでしょう。その他のこの本を求めていた人は、この本に気づかされることがなくなり、あなたの現実を大きく変えることによってしか、生かせないでしょう。 世の中には多くのトレーナーもいます。スクールもあります。そこで、どういうことをやっているか、私は知った上で、ここでしかやれないこと、もっと大きく必要なことをやってきたつもりです。そして、もっとも大切なことを述べました。 ○学ぶのに必要なこと あなたが、声や歌の扱い方を仮に、本書で私が指摘していることと別のところで解決できても、それは人に伝わる声や歌とはならないでしょう。高度な技術をもっても、それを待つ人をもたない声マニアのような人も、この世にたくさんいます。それは、声と苦悶しただけで、私のように、他の人と苦闘するプロセスを経ていないからです。人間のなかに表現し続けた年月を、キャリアというのです。 思うに、私は、声と苦闘しているときには、神を感じ、とても幸せでした。それは必要なだけの努力もせずして、安易に入手しようという人に対しているほどの絶望や、どうしようのなさをつきつけてこないからです。 しかし、それも己の力のなさです。あなたに思う足らぬもの、気づかぬものを伝える努力をしているのは、私だけではありますまい。伝わらぬことを知りつつも、いつかわかる人もいるのだろうと。 私は、発声マニアを増やしたいわけではありません。声でまわりの人を動かせるのは、あなたが考えているよりもずっと大変なことです。声は、本当の意味で動けば、そのまま歌になります。人を離れた動かし方は、不毛です。 そうでないというのなら、話すことのできるあなたは、すでに声を動かしているといえるわけです。これも、生まれてからの絶え間ない努力で習得しえたものです。 ピアニストは、ピアノを弾いて覚えざるをえません。私も、誰よりも声を使っているでしょう。生で聴いて、真似たらいいのです。それができるくらいなら、そうさせています。教えられないし、真似られないから、盗むしかないのです。そこですぐに真似られるくらいでは、大した価値はないでしょう。 覚悟せずして、ものごとが得られた例はありません。今、ここは、それに少しずつ気づかせ、学ぶ力や習慣ができるのを待つ場となっています。 ○やれるということ 私は、やれている人をみなさいと言います。やれない人と群れるなとも。自分自身の歌を、つまり表現しえた人は、それゆえ、研究所を今も支えてくれています。しっかりとやらないのに、投げ出す人は、ここのやり方ではだめだとか、自分も何年もやったけどできなかったと、否定の証人になります。それでは、やり方って、何でしょうか。 自分の行動が、以前より後ろ向きになる、自分にできないからと他を否定し始めたときは、気をつけた方がよいでしょう。その半年前くらいから、転落が始まっているのです。とにかく、世の中に疎い人が自分の頭だけで考えると、そういう全く本筋をはずしたところで苦労するのです。そういうなかで群れると、そのことにさえ気づかなくなります。そこでは、なかなかやれていない人が、やっていない言い訳をつくるのに格好の材料となるのです。 やっている人は、もっと高いレベルをめざそうとするので、そういうことには、耳を貸しません。もっとやれた人を学び、他の人が得られないからこそ、価値があるとして、そこから学ぶNo.1への努力をあきらめないのです。どこにおかれても、自分の身になるようにそこを活かす力をつけ、他の人をうまく使っています。 一所懸命、努力した人は、決して他の人のせいにしません。真剣にやってその結果やれている人は、悪口を言いません。その一途な姿勢から、多くのことを見習って欲しいものです。やれた人、やれている人の伝記やVTR、作品をみなさい。 やれた人には、やれた理由があり、やれない人には、それをもっていないというだけのことなのです。それを、どうやって得るかということこそ、本書でもっとも伝えたかったことです。 |