ヴォーカル、ヴォイストレーニングQ&A

[1]姿勢(フォーム)

 

Q001

ヴォーカリストは、さまざまな格好で歌っています。前のめりになったり、上を向いたり、走りまわったり、踊ったり。私も、そのようにはでに動きまわって歌いたいのですが、動くとうまく歌えません。どのような姿勢で歌うとよいのでしょうか。
A001

歌を歌う場合に限らず、姿勢といったときには、1立ったときの姿勢 2座ったときの姿勢 3寝ころんだときの姿勢の三つが考えられます。しかし、ステージで歌を歌うときはほとんど、立っているわけですから、基本は立った姿勢となります。ただし、まっすぐ立ったときにうまく声を出すのはなかなか難しいものです。そこで、座ったり、寝ころんだりした姿勢でトレーニングをする場合があります。

  歌うときの、理想の姿勢(フォーム)を身につけるのは、とても難しいものです。プロのヴォーカリストであってもほとんどの人が、いまもって課題としているほどです。ましてや初心者が、本など通して、完璧なフォームをマスターするのは、容易なことではありません。
 よい姿勢とは、無理のないしぜんでリラックスをした姿勢です。最初は姿勢をよくしようと思うだけで、体に力が入りやすくなります。足もきちんとまっすぐそろえて、首すじも力で固めてしまいがちです。それではすぐに、首や肩がこり、体全体も疲れてしまいます。大ざっぱに言うと長時間その姿勢で保てないようなフォームは、間違いなのです。
 等身大の鏡の前で、練習するとよいでしょう。自分では正しい姿勢で歌っていると思っていても、そうでないことはよくあります。チェックポイントをきめて、鏡にうつして点検する習慣をつけましょう。

 正しいフォームを習得するには、
(1)まず両足は少し間を開けて(10〜15cm)、つま先を開きぎみ(約60度)に立ちます。
(2)肩から腕は力をぬき、手をだらっと下げる感じにします。
(3)顔は少し上向きにし視点を定めます。目線がきちんと定まると、意識が集中しうまくリラックスできます。しかし、上にしすぎると、あごが上がってしまい声が出にくくなります。見た目にもよくありませんので、注意してください。

 常にリラックスしたフォームを保って歌うのは難しいので、慣れないうちはどこかに力が入ってしまうものです。クラッシックバレエのレッスンは鏡張りの部屋で行われます。ヴォーカルにおいても姿勢は声を出すために重要なことです。いつでも、フォームを意識して練習することが、自分のベストなフォームを習得するための近道なのです。どんなにはでに動きまわるステージであっても、まずは、しっかりしたフォームを身につけること、それが基本です。



Q002

オペラをみたとき、ある場面で、歌い手が、床に横たわったまま、朗々と歌っていました。声も全くしぜんで変わりませんでした。寝ころんでも歌えるのは、なぜなのでしょうか。
A002

横たわった姿勢での発声は高度なテクニックが必要なように見えますが、実際は特別難しいことではありません。むしろ、歌うフォームを身につけるための大事な基礎トレーニングの一つとして、ここでは紹介しておきたいと思います。

 私たちは、疲れを癒すときや、睡眠をとるときなどは、しぜんと寝ころんだ状態になるものです。この寝ころんだ状態とは、リラックスのできる楽な姿勢なのです。歌うときのフォームも、リラックスをした姿勢という点では共通しています。トレーニングにおいては、寝ころんで声を出してみて、リラックスをした状態で歌う感覚をつかむことは効果的なことです。特に呼吸法のトレーニングには最適です。腹式の呼吸をマスターしようという場合には、仰向けになって息を吐いてみるのが、一番わかりやすいでしょう。寝ころんだ姿勢で声を出し、体に力が入ってしまうところがないかをチェックしてみてください。この姿勢で常にリラックスを保って声が出るようになったら、次に座った姿勢、その次に立った姿勢と順に、ステップをふんでマスターしてゆくとよいでしょう。

 正しいフォームで歌うことができるようになったら、どんなフォームでも歌えるようになります。もちろん、喉をつめたり、あごをあげすぎたりしてはいけませんが、基本が身につくということは、少々、状況が変わってもそれに対応できる力があるということです。つまりどんな姿勢でも、体と息と声の結びつきが正しいフォームで使えているから、どんな姿勢でも歌えるわけです。


Q003

私は立って練習をしていると、すぐに疲れます。姿勢も悪くなって、声も出にくくなります。むしろ、座ったときの方が声がうまく出るように感じます。座って練習してもよいのでしょうか。
A003

基本的には、立ってトレーニングするのが普通ですが、立った姿勢は最初はうまく声がでにくいものです。イスに腰かけて、下半身からリラックスさせたところから、フォームをつくっていくのもよい方法です。

 ただし、きちんと背筋を伸ばし、肩の力をぬいて腕に力を入れないようにすることです。顔はほんの少し上向きにしてあごをひき、視点を定めてからやり始めてください。上半身は立っているときの姿勢と同じ状態にします。猫背にならず、外国人がテーブルにつくときのように胸をはって、ピンと背筋を伸ばすことです。その状態で声を出してみましょう。

 背もたれに寄りかかったり、体が前かがみになったりしないように注意します。イスには浅く腰かけるようにしてください。

 座った姿勢が定まってきたら、少しずつ立った姿勢で歌う時間を長くしていきます。座った姿勢が安定してきたら、それをくずさないように立ち、足腰も含めた体全体のフォームを整える練習に進むとよいでしょう。

 アはあごが出ているうえに、首にも力が入っています。前かがみで背中が丸まってしまっているために、お腹が圧迫されて腹式呼吸がうまくできません。

 イもよくありません。ふしぜんな姿勢なのでからだの中のいろいろな器官が圧迫され、呼吸がしにくいうえに声もひびきません。

 ウが正しい姿勢です。からだのどこにも無理がなく、呼吸が楽な姿勢がよいのです。背筋を伸ばし、上半身はいつもリラックスさせます。



Q004

日本人の体格やプロポーションもよくなり、食べているものも変わらなくなったのに、どうして声の点では、外人ヴォーカリストより劣っているように思えるのでしょうか。また、太った方が声が出やすいとか、首が太い方がよいとか、鳩胸でっちりがよいというのは、本当ですか。
A004

歌うための声について考えると、日本人の日本語にはやはり弱点があると言えます。特に欧米圏の言語を話す人々との大きな違いの原因となっているのは、浅い発声で成り立つ日本語そのものの性質、そして日本人の普段からの姿勢です。日本人の場合どうしても猫背になりがちで、声を出すのに有利な姿勢を作るところから、かなり苦労してしまうのです。

 そこで、日本人が理想的なフォームをイメージするときのわかりやすい例えとしてよく用いられるのが「鳩胸でっちり」という表現です。歌うときのよい姿勢を考えてみてください。足腰はしっかりと体を支え、背筋を伸ばし、顔は心もち上向きです。これを実行すると、極端に言えば、鳩胸でっちりの姿勢になるともいえます。誰かに「あなた、鳩胸だねぇ」とか「でっかい尻だねぇ」などと言われたらあまり気持ちのよいものではありませんが、ヴォーカリストを目指す人なら、歓迎すべきことかもしれません。ただし、トレーニング時にあまり意識しすぎると、背筋に力が入ってしまうので要注意です。

 太っていることや首の太さも確かに有利な要素の一つかもしれませんが、そうでないから不利だということは全くありません。大切なのは、正しいトレーニングで正しい発声を身につけることです。無理に体型を変えようとするのはナンセンスです。


Q005

ヴォイストレーニングをやっていると、下半身がとても疲れます。足がつったり、ひざがガクガクになったりします。何かやり方がおかしいのでしょうか。ステージでも、そういうことがよくあります。立って歌うとすぐに疲れるのです。
A005

立った姿勢というのは自分の体を支えなければならないのですから、声を出し続けるといった慣れないことをするには、寝ころんだ姿勢、座った姿勢よりも、力が入りやすいのです。立った姿勢で長時間何かをすることは、歌わなくとも、それなりのエネルギーが必要なわけです。ですから、立って歌ったり、ヴォイストレーニングをすると疲れるというのは、当然のことでしょう。

 しかし、すぐに疲れてしまうというのでは困ります。ヴォーカリストは体が資本であり、体力が勝負なのです。ですから、普段から体力をつけておくことが第一です。いくらプロになろうとしても、すぐに疲れてしまうのでは、ステージはつとまりません。体力がなければパワーのある歌を歌うことも難しいでしょう。

 もう一つは正しくない姿勢で歌っていると、疲れやすくなります。リラックスのできていない状態で歌うことになるのですから立って歌うとすぐに疲れてしまうという人は、座った姿勢や、寝ころんだ姿勢での練習から、もう一度やり直してみることをお勧めします。

 ヴォイストレーニングに関しては、本当のトレーニングを、直立不動でやっていたら、ひざがガクガクになったり、足の筋肉がつっぱることは、よくあることです。体に負担のこないようでは、トレーニングではないといえます。要は、同じ姿勢を固くなに守りつづけるから、いけないわけです。疲れを感じてきたら、軽く柔軟体操やひざの屈伸運動などをやってみるとよいでしょう。トレーニング中に首や手足を動かしながらやるのもよいでしょう。

 以上、ヴォイストレーニングと疲労の関係について述べてきましたが、本番では疲れたなどという泣き言は許されません。ヴォーカリストは体が資本なのですから、普段から体力をつけておくことが第一です。いくらプロになろうとしても、すぐに疲れてしまうのではステージは務まりませんし、歌のパワーで観客を魅了することも不可能です。

<日常生活の中でできる足腰を鍛えるトレーニング>
●歩く
 後ろ足をピンと伸ばし、大また、早足でテンポよく歩きます。呼吸は歩に合わせて「吸う・吸う・吐く・吐く」を規則正しく行ないます。
●階段を昇る
 基本は歩くトレーニングと同じですが、後ろ足のストレッチをさらに意識します。
●テレビを見ながら
 うつぶせになり、胸から上を両肘で支えて起こします。片足を伸ばしたまま床から20センチ浮かせ、つま先でゆっくり円を描きます。これを左右交互に行ないます。



Q006

リラックスして歌うように心がけているのですが、どうしても体に部分的に力が入ります。喉も痛くなります。どうすれば、うまく脱力できるのでしょうか。
A006

極端なときは、足がつるようになったり、お腹や腰が痛くなったりします。
 これらの症状があらわれるときは、無駄な力が入りすぎているか、その状態を続けすぎていると言えましょう。歌うときの姿勢が悪かったり、練習時間が長すぎたり、力を抜かないために起こる場合には注意しましょう。しかし、ヴォイストレーニングにまだ慣れない状態でやるときにもよく起こることなので、それほど気にしなくともよいとは思います。トレーニングの終わったあとに声がよく出るようになるのが好ましいのです。喉が少々痛んでも、次の日に影響が残っていないのならよいでしょう。喉が痛くなったり声が出にくくなるトレーニングは困りものです。もう一度、座った姿勢などで声を出す練習をしてみることも効果的ですし、足腰が、リキみすぎてしまうのであれば、片足立ちをしたり、両足のひざを少し曲げて体の重心を落として歌ってみるのも効果があります。体の一部分に力が入りすぎてしまうときは、このように体の他の部分に意識をもっていくと、力んでいた部分の力が抜けてきます。あるいは、もっと早く力を抜くためにはその部分に逆に力を入れてから抜くという方法もあります。ストレッチ体操などをしてみてください。

<ストレッチのトレーニング>
 ストレッチは弾みをつけず、ゆっくり息を吐きながら行ないます。1ポーズにつき5〜30秒静止して、よく伸ばします。


Q007

私は、練習時間があまりとれないので、いつもすぐに歌い始め、うまく歌えないときは、少しだけ発声練習をやっています。しかしヴォーカルの人から柔軟体操をしたほうがよいといわれました。本当でしょうか。
A007

歌うということは、体全体で行う運動なので、音楽のパートのなかでは、スポーツ選手や舞踊といった肉体をつかう芸術に近いものです。そういう分野での考え方の方がうまくあてはまることも多いのです。となると、体を柔軟にしておくことが、とても重要なことです。それが自分の体を思い通りに動かせるこつだからです。そうでなくては、正しい姿勢もできません。首や肩の筋肉が凝っていると、声帯をコントロールする筋肉にも影響が出るので、しゃべるときの声までかれてきます。歌うときにはこの影響がもっと大きくなります。そこで体をマッサージをしたり柔軟体操をして筋肉を柔らかくしておくことは、訓練のできていない声でむやみに歌うよりよほど大切なことなのです。これは、毎日欠かさずにやるべきことでしょう。リラックスをした状態でトレーニングするためにも体がかたい人やいつも凝っている人は、よく全身の筋肉をほぐしておくことです。柔軟な体を保つことは、ヴォーカリストを目指す人にとって必須条件です。



Q008

歌うときやヴォイストレーニングをするときの正しい姿勢というのが、皆、いろいろなことをいうのでよくわかりません。いったい、どのくらいのことにどれだけ気をつければよいのでしょうか。正しい姿勢のチェック方法を教えてください。
A008

歌うときの基本は、しぜんでリラックスをした姿勢です。他に細かい注意もたくさんありますが、これが大原則です。
 姿勢のチェック項目を挙げておきましょう。
○しぜんでゆったりとした楽な姿勢
○顔はいく分上向き
○目はしっかりと見開き
○視線はまっすぐより少し上に
○舌先は前歯の裏。舌の両側を奥歯につける
○口頭はやや後ろに
○下あごを少しひく(うなじを伸ばす)上あごより前に出さない
○肩、首に力を入れない。肩は少し後方にひき、まっすぐおとす
○首はまっすぐ立てる
○胸をはり、やや上方に広げる。胸は広げたまま高く保ち、おとさない
○腕は力を抜いてだらっと下げる
○お腹は引っ込める
○下腹部はゆるめ、内側へ吊り上げる感じ
○背筋はきちんと伸ばす
○お尻の筋肉を肛門の方向へ締める。少し緊張させ上にあげる
○ひざから太モモの内側を前方にまき込む感じで骨盤を前方へ少し出す
○かかとは少し(10〜15cm)開く
○つま先の方を60度程度に開く(内股にしない)
○体重はやや前方(両親指)へ
○重心は開いた足の中心にもっていく


Q009

ステージで動きながら歌うとうまく声が出ないのですが、どのようにすればよいでしょうか。
A009

声を出すことがしっかりとマスターできていないうちに、体を動かしながら歌うと声が出にくくなるのはあたりまえです。しかし、ステージの上では、直立不動で歌いつづけるわけにはいかないものです。激しい動きをしながら歌おうとすると当然、息が乱れ、声も乱れてきます。多少の動きをつけながら、正しいフォーム、息を乱さないような練習をしましょう。
 まず、上半身と足腰をそれぞれに、安定させる必要があります。上半身が動くと、どうしても声までゆれやすくなりますし、首の周りが楽になっていないとつまったような声になってしまいます。足腰は動いていても、上半身の状態は変えないで呼吸を保っていられなくてはなりません。
 寝ころがって、両足を動かしながら声を出してみるとか、腹筋で両足を少しもちあげて歌ってみたりすることも参考になるので、やってみてください。
 動きながら歌うと、呼吸を保つことが難しくなります。体を動かすために、ただ歌うより酸素が多く必要になりますから、ブレスの仕方も深く、素早くできないと、息が保てなくなります。これは、「腹式呼吸」をしっかりと、身につけることによって、克服するしかありません。

<激しい動きのなかで声を出すトレーニング>
●仰向けの状態で両足を床から浮かせ、動かしながら声を出す。
●ランニングしながら声を出してみる。



Q010

ブレスヴォイストレーニングでは、よく前屈姿勢で、声を出させているようですが、これはどうしてですか。私は体を曲げて練習すると頭に血が上ぼってしまうのですが、やり方がおかしいのでしょうか。
A010

正しい声の出し方を知るために私は体を曲げた姿勢(前屈姿勢)でのトレーニングを勧めています。腹式呼吸を身につけるためには、お腹の前の方がやたらと動かず、横隔膜をとり囲む筋肉が全体的に使いやすくなることが必要です。こうすると、息をコントロールする場所が感じやすくなるからです。
 両手を肩が上がらないようにウエストの位置、わき腹にあてて、体を腰から前方へ少し曲げてみてください。このとき頭を胴体の位置よりも下げすぎると、頭に血が上ぼるようになるので、床に水平なところ以上に前屈しないことです。そして、息を思いっきり吐いて、そのあとしぜんと吸ってみましょう。ウエストのあたりのお腹に空気がスッと入ってくるのが感じられると思います。体を曲げてブレスをすると、胸や肩に空気が入ってしまう(胸式呼吸)のも防げますので、初期のトレーニングとしては、有効な方法です。
 このときは、体を前屈させたときに、背中の線と首からの頭のうしろの線がまっすぐ一直線になるようにすることです。前屈したときも上半身は立って歌うときと同じ状態でなくてはなりません。

<前屈姿勢のチェック>
 背中と後頭部が一直線上になるように意識してください。

[2]呼吸(ブレス)